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【村上ポンタ秀一(村上秀一)】凄さがわかる伝説のエピソード3選!名言も紹介します

2021年3月9日、ドラマーの村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)が70歳で亡くなり、話題になっています。

村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)は日本を代表するドラマーだっただけに、本当に惜しい方を亡くしましたよね。

今回は、そんな村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の凄さがわかるエピソードや名言を紹介したいと思います。

村上ポンタ秀一(村上秀一)の凄さがわかる伝説のエピソード3選!

ここでは、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の凄さがわかるエピソードを3つ紹介していきます。

伝説のエピソード① オーディション

まずは、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の天性のドラムの才能がわかるエピソードを紹介します。

1972年、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)がプロデビューすることになる、フォークグループ「赤い鳥」のオーディションがありました。

村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の演奏はとても上手く、彼のドラムを聞いたバンドのメンバーは彼を即合格にしてしまいます。

他の参加者達の中にはまったく演奏することもなく不合格になってしまった人もいたようです。

さらに驚くべきは、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)がオーディションを受けたのは、ドラムスティックを握ってわずか4日目のことだったそうです。

伝説のエピソード② 替え玉

村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)著書の「自暴自伝」(2003年)で暴露されている内容で、世界的に有名なドラマーの替え玉をしたエピソードです。

ジャズ・ピアニストのカーラ・ブレイ3枚目のアルバム「Dinner Music(ディナー・ミュージック)」(1977年)で、クレジットされているドラマーはスティーヴ・ガッドという人になっています。

スティーブ・ガッドは世界最高峰のドラマーとしてたいへん有名なのですが、じつは彼の替え玉になって村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)がレコーディングをしたという話があります。

当時スティーブ・ガッドはダブルブッキング・トリプルブッキングが当たり前の売れっ子で、カーラ・ブレイのアルバム収録に参加できなくなってしまったため、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)に白羽の矢が立ったそうです。

しかも村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)はスティーブ・ガッドに似せるようにドラムを叩いたそうなのですが、それがめちゃくちゃ上手いと高評価を受け、ギャラもたんまりともらったそうですよ。

伝説のエピソード③ 暴言

最後は村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)が自分に自信がありすぎたゆえの暴言についてです。

村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)は、ドラムが自分好みでない「軽い音」を出しているとき、同じドラマーの神保彰さんを引き合いに出して「そんな音では神保彰のようだ!」ということを度々言っていたようです。

新保彰さんも村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)に負けず劣らずの世界的ドラマーで、2007年にはアメリカの週刊誌「ニューズウィーク」で「世界で尊敬される日本人100人」の1人にも選ばれている方です。

確かに村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の方が8つ年上ですが、それにしてもめちゃくちゃ失礼ですよね!

2人の仲が悪かったのかは定かではありませんが、世界的ドラマーを相手に暴言とも言える発言ができるのは、自分の技術や実績に自信があったからに他ならないですよね。

村上ポンタ秀一の名言集

村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)は世界的ドラマーなので、数々の名言を残しています。

Twitterにも「ドラマーの名言集」として、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の名言が紹介されていました。

村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)は弟子をとることもあったようなので、教え子たちに発した言葉もいくつかありそうですね。

ドラマーを志す人達にとっては、格言ともいえる名言となっているようです。

村上ポンタ秀一(村上秀一)が死去のニュースを受けた世間の反応は?

それでは、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の訃報を受けた世間の反応を見てみましょう。

Twitterでは、

  • まだ若いのに残念
  • 大好きなドラマーだったので悲しい
  • 突然の訃報に言葉も出ない

といった声がありました。

まとめ

今回は日本を代表するドラマー、村上ポンタ秀一さん(村上秀一さん)の凄さがわかるエピソードや名言を紹介しました。

70歳という若さで亡くなったのは惜しいですが、彼が遺した作品は後世まで聞かれ続けることになるでしょうね。