入澤崇学長(龍谷大学)の経歴!炎上ツイートで功績も台無しに【顔画像あり】

入澤崇学長(龍谷大学)の経歴!炎上ツイートで功績も台無しに【顔画像あり】

この記事では龍谷大学の入澤崇学長の経歴について解説していきます。

龍谷大学の入澤崇学長がツイートで「ロシアのプーチン大統領に似ている人がいた」と言う内容を投稿(現在は削除)して炎上しています。

今回はそんな龍谷大学の入澤崇学長の経歴や顔画像を紹介していきます。

龍谷大学・入澤崇学長の経歴と顔画像

龍谷大学の入澤崇学長の経歴を解説していきます。

その前に、こちらが現在炎上中の龍谷大学・入澤崇学長の顔画像です。

ニュースイッチより

入澤崇学長は龍谷大学で仏教の博士号取得した後、1990年に同校で文学部の講師として勤務しています。
入澤崇学長は1955年生まれですので、35歳のときに龍谷大学の講師になったことになります。
その後は1997年に龍谷大学経済学部の助教授、2010年に文学部仏教学科の教授、2013年に龍谷ミュージアムの館長、そして2017年から学長という経歴を持っています。

入澤崇学長の最も有名な功績としては、まだ助教授だったころに、中国のベゼクリク石窟壁画の復元に尽力したことです。

ベゼクリク石窟壁画は中国・ウイグル自治区にあり、首都北京からはるか西に位置する寺院です。

ベゼクリク石窟は11世紀に栄えた西ウイグル王国が仏教を信仰しており、当時きらびやかな壁画がありました。
しかし、長い年月を経て侵略や探検家による持ち出しがあったため、復元前は悲惨な状況にあったと言われています。

そんな状況からベゼクリク石窟の復元を目指すべく、入澤崇学長は2003年に復旧チームの研究員として帯同しています。

その結果デジタル復元を果たしたベゼクリク石窟は、入澤崇学長が館長を務めた「龍谷ミュージアム」で見ることができます。
>>龍谷ミュージアムHP

龍谷ミュージアムより

その後も様々な遺跡調査のため各国を飛び回った入澤崇学長は、その世界では第一人者として知られています。

入澤崇学長の経歴(補足):他者と協調することを第一目標に掲げるも…

龍谷大学・入澤崇学長の経歴を補足すると、入澤崇学長は「仏教SDGs」を教育の第一目標に掲げています。

「仏教SDGs」とは聞き慣れない言葉ですが、入澤崇学長曰く「排他的な世の中を他者と共存する生き方」です。
要するに、SDGsが提唱する誰一人取り残さない生き方を仏教を用いて実現することを、入澤崇学長は龍谷大学で学んでほしいと願っています。

SDGs

SDGsとは2015年の国連サミットで提唱された目標のことです。

世界が今後持続可能な社会となるように、17の様々な分野に対する世界的な目標を掲げています。

しかし今回入澤崇学長は他の人をディスるという、「仏教SDGs」と真逆の行動(ツイート)をしてしまいました。
これは特に龍谷大学で学ぶ学生にとっては、不信感が生まれたのではないでしょうか。

今後入澤崇学長がどのように釈明をするのか注目されますが、特に龍谷大学の学生に顔向けできるような行動をしてほしいと思います。

【まとめ】入澤崇学長(龍谷大学)の経歴!炎上ツイートで功績も台無しに

今回は龍谷大学の入澤崇学長の経歴について詳しく解説しました。

入澤崇学長は学生時代から、龍谷大学一筋で仏教を学んでおり、ベゼクリク石窟壁画の復元に尽力するなど多くの功績を残している人物です。

また、仏教の教えを現代風にアレンジして「仏教SDGs」を掲げている教育者でもあります。

だからこそ、今回のツイートはかなり軽率なものだったと言わざるを得ません。

入澤崇学長には龍谷大学の学生が不信感を払拭できるような行動を、今後は心がけてほしいと切に願います。