山田邦子は何がすごいのか若い頃の画像で紹介|テレビに出ない理由に驚愕

今回はM-1の審査委員に選ばれ注目を浴びている、山田邦子さんは何がすごいのかを若い頃の画像とともに紹介していきます。

「女性で唯一天下をとった」と言われた山田邦子さんですが、その反動からテレビから消えてしまうことになるのです…

山田邦子さんの何がすごいのか、そしてテレビに出ない理由はなぜなのかは、本文をぜひご覧ください。

山田邦子は何がすごいのか若い頃の画像で紹介

山田邦子さんの何がすごいのかを端的に表すと、若い頃から多くの人気番組に出演し、芸能界では「女性で唯一天下を取った」と言われたほどの人物です。

まず高校生の頃から数多くの素人番組に出演したのを皮切りに、1980年110月に始まった「笑ってる場合ですよ!」という番組では素人勝ち抜きコーナー「お笑い君こそスターだ!」に出場しチャンピオンに。
その頃から当時ツービートという漫才コンビを組んでいたビートたけしさんからも注目されていました。

そして1981年5月には「オレ達ひょうきん族」がスタート。

ひょうきん族に出演する若い頃の山田邦子

山田邦子さんは「オレ達ひょうきん族」の初期から末期まで出演していました。

山田邦子さんの何がすごいのかというと、「オレ達ひょうきん族」のレギュラーメンバーの中で山田邦子さんは唯一の女性メンバーであり、しかもビートたけしさんや明石家さんまさんという、お笑い界のレジェンドに囲まれていたことです。

また、山田邦子さんが大物を前にしてもで物怖じしなかったところもすごいところです。

気後れや物おじせずに、業界のなかに当たり前のように入っていけたのは、何がいけないかもわからないから、困りようもなかったからなんです。

東洋経済より

オレ達ひょうきん族に出演されていた若い頃の山田邦子

しかし、人気絶頂でしたが1985年2月、山田邦子さんは突如丸刈り姿で現れ世間を驚かせます

丸刈りになった若い頃の山田邦子
当時、売れっ子だった山田邦子さんは、時代劇なども掛け持ちしておりカツラの脱着で髪がボロボロになるのなら、という思い出丸刈りにしたと、当時を振り返っています。

【参考】「さんまちゃんが走って逃げてった」山田邦子60歳が語る“『ひょうきん族』実父殴り込み事件”

このような思い切りの良さも山田邦子さんのすごいところで、人気があった所以となっています。

山田邦子さんのM-1グランプリンの審査の評判について下記記事でまとめています。

「勉強してない」「ふざけるな」という辛辣なコメントが並びますが、山田邦子さんだけを批判するのは少しかわいそうな側面もあるのです…

詳細は下記記事でまとめていますので、ぜひご覧ください。

 

オススメ記事:山田邦子(M-1審査)採点の評判|酷すぎで”勉強してない””ふざけるな”と話題に

そして、山田邦子さんが出演する番組はどんどん人気を博していき、「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」や「邦子がタッチ」のような冠番組をも持つようになるのです。

1991年、「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」から誕生したWinkのパロディユニット「やまだかつてないWink」名義で出した曲が大ヒットになるなど、人気が衰えることはありませんでした。

Winkとユニットを組む若い頃の山田邦子

全盛期であったこの頃、週14本ものレギュラー番組を抱えており、何よりすごいのは1988年~1995年までの好きなタレント調査においては8年連続1位を獲得していたことです。

そんなすごい実績をもっている山田邦子さんですが、1990年代後半からその人気に陰りが見えてきます。

上沼恵美子さんの後釜にM-1審査員となった山田邦子さんですが、なぜこのような人選となったのでしょうか?

もちろん山田邦子さんの過去の実績が考慮されたのは間違いありませんが、どうやら“大人の事情”も関係していることが見えてきました…

詳細は下記記事でまとめましたので、ぜひご覧ください!

 

オススメ記事:M-1グランプリ審査員はなぜ山田邦子なのか【理由は実績と”大人の事情”】

山田邦子がテレビに出ない理由はなぜか

山田邦子さんがテレビに出ない理由についてですが、突き詰めると露出過多が原因と言えます。

直接的な山田邦子さんがテレビに出ない理由は、不倫報道とそれを追求したリポーターに対する暴言です▼

直撃したリポーターに向かって“おまえモテないだろう”“バカじゃないの”と暴言を吐く様子がテレビで何度も流され

日刊ゲンダイより

なお、山田邦子さんの不倫相手は現在結婚している旦那だと言われています。

山田邦子さんの旦那については山田邦子は結婚して旦那(夫)がいるのか【テレビ界の大御所】でまとめたように、テレビ界では知らない人はいないほどの人物です。

そして、山田邦子さんが不倫やそれにかかる暴言を吐いたのは、テレビに休むヒマもなく出続けた反動が出たとも考えられます。

そして、1995年放送の「八代将軍吉宗」にも出演しましたが、あまりにも露出の多かった山田邦子さんが浄円院という役を演じるには違和感があると世間からバッシングを受けることになり、不倫報道も相まって好感度は右肩下がりに。

1995年までは好感度1位でしたが1997年には14位まで急落し、さらに同年に「邦子がタッチ」という冠番組も打ち切られたことで、山田邦子さんはテレビに出ない人になってしまったのです。

その後山田邦子さんは舞台やユーチューブなどで活動しているのですが、若い頃の苦い経験が自然とテレビから遠ざけているのかもしれません。

【まとめ】山田邦子は何がすごいのか若い頃の画像で紹介|テレビに出ない理由に驚愕

ここまで山田邦子さんの何がすごいのか、若い頃のすごさを画像付きで紹介するとともに、テレビに出ない理由についてまとめました。

山田邦子さんのすごさはビートたけしさんや明石家さんまさんなどと「オレたちひょうきん族」で対等に渡り合うなど、人気番組に出演し続けたことにあります。

しかし、若い頃あまりにテレビへの露出が多かったせいか、その反動で不倫やそれにかかる暴言により人気は凋落。

現在もあまり山田邦子さんをテレビで見る機会はほとんどありません。

しかし今回M-1審査委員で再注目されるのは間違いない山田邦子さん。

今後はテレビに出演する機会も増えていくのか、今後の活動から目が離せません。

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